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2009年03月05日
ソップ
英語のお話です。第二次大戦が終わり、アメリカの覇権が国際社会の中で認知されるようになると、国際会議の主要言語は英語になりました。しかし、第二次大戦前までは、国際会議などではかなり広範にフランス語が話されていました。細かい篩にかけられた小麦粉は現代ヨーロッパ人にもっとも馴染み深いものの、中世では上流階級のパン用にとり置かれ、下流階級のものは粗悪でふすまを多く含有した色が濃いパンを食べ、(このパン食をつうじて)階級に固定されていた。穀物が不作の年や飢饉の時には、普段あまり好まれないクルミ・干したマメ類・ドングリ・シダや種類も栄養価もまちまちな野菜類など安価な代替品で穀物の不足分を補ったらしい。盛大な宴や軽食を問わず中世の食卓でよくみられる一品に、ワイン・スープ・ブイヨン・ソースなどの液体にパン片を浸したものソップがありました。その他中世のディナーの食卓でよく出されるものにフルーメンティがあったが、これは肉汁とスパイスで小麦粉を煮た濃厚なポリッジです。ポリッジはいろいろな穀物を材料にしてつくられたが、乳(またはアーモンドミルク)で煮て砂糖で甘くしたものはデザートや病人食として供されたらしい。肉・卵・野菜・果実を詰めたパイのほか、半折りパイ・フリッター・ドーナツやいろいろな菓子パンはヨーロッパ全土でみられた。中世後期にはビスケット(英語、米語ではクッキー)やウエハースが高級なデザートとなり、さまざまな種類がつくられました。
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